エッセイ目次ページに戻る

患者さんから教えてもらうこと(1)

2021.12.29

患者さんから教えてもらうこと(1)

私たちは患者さんから多くのことを学びます。私自身も患者さんからたくさんのことを教えて頂き、自分の成長の糧にしてきました。このような経験は年数に比例すると思いますので、今後そのような患者さんの話を折に触れてご紹介したいと思いますので、私の経験、学びや教訓を共有することによって若い先生の参考にして頂ければと思います。

 ここに記載する内容は患者さんのご同意が得られた場合には出来るだけリアルに、昔の患者さんで同意を得られない場合には個人情報等に配慮しています。ただ全て実際の経験に基づいたものです。

 最近、心に残った糖尿病の患者Aさんのお話をしたいと思います。

70代後半の男性です。以前はアルコール中毒症、膵性糖尿病でインスリンを使っていますが、HbA1c10%を超えておりアドヒランスも悪くとても治療になっていない状況でした。いつもしっかり者の奥さんがついて来られるのですが、ご本人は糠に釘状態で、お酒だけではなく和菓子、洋菓子、スナックフードなど甘いもの辛いものなんでも食べておられるような状況でした。私自身も話を聞きながら、少しでも自覚して頂く方法はないか模索をしていましたが、皆さんも経験されると思いますが実際は難しいです。

ところがあるときから、いつもどちらかというと投げやりな態度だったのが少し変わってきたのです。そしてお酒をやめたと言われたのです。最初私はなぜかよくわからず、なんとなく今までの指導が奏功したと思ったのですが、違いました。

 色々な話を聞き出すうちに、趣味のことを聞くと患者さんは目を輝かせたのです。それは塗り絵を始めてすごく楽しいということでした。そして私が毎回そのことを聞くようにすると、今度は絵を持ってきて見せてくれるようになりました。その絵も最初は素人の範囲だったのですが、みるみる上達しついに私も「Aさん、よかったら部屋に飾りたいので1枚頂けませんか?」とお願いさせて頂くほど素晴らしいものになりました。

 他のエッセイでも書いているのですが、私も絵画鑑賞特に印象派が好きで、また昔から自分で書くことも好きでした。大きな声では言えませんが退屈な講演会の時には絵を描いていることもあります。また最近は時間があると奈良の神社仏閣を訪れてスケッチをしたりすることもあります。

 そしてAさんは老人会などでもその腕を買われて最近では教えに行ったりしています。何よりも以前の自分に対しても病気に対しても投げやりだった状態から、このような生きがいを持つことによって生きる目標ができアルコールは一切飲まないようになり、糖尿病治療にも前向きに取り組みようになりました。甘いものはやめられませんが、、、。

 ともあれ、このような経緯から私との関係も非常に良好になり、最近では糖尿病の話よりも絵の話の方が長いことも多いですが、患者さんは奥さんにたしなめられながら目を輝かせてお話をしてくれます。

 私たちが見ている糖尿病や肥満の患者さんにはこのような方がたくさんいます。Aさんの場合には奥さんがおられることは非常に重要です。そして塗り絵という生きがいを持ち、またそのために健康を維持したいという意欲が極めて大切だと感じています。

 一方で独居の男性高齢者には、生きがいも話し相手もなく甘いものやお酒だけが楽しみという方も多いです。そんな状況でいくら私たちが血糖の話をしても彼らからするとどうでも良いのです。そもそも健康になりたいよりいつ死んでも良いと考えておられる方も多いです。私自身はそんな患者さんには、何か生きがいや自分の居場所があるコミュニティを一緒に探せないかを考えながら診療をしています。つまり健康への意欲は医師からすると当たり前でも、生きる目標や生きがいがない方にとっては当たり前ではないということを知っておく必要があります。

 昨今糖尿病の薬やインスリンはたくさんあり、血糖を一時的に下げるのは簡単です。でもそれは一時的で解決にはなりません。血糖が上昇したり肥満したりするのはあくまで結果であり、その根本的ななぜ食べ過ぎてしまうのか、なぜそのような生活習慣になってしまうのかを一緒に考え少しずつでも良い方向に歩むのが私たち専門医の役割だと感じています。

 ご本人にご同意を頂けましたのでその絵を紹介します。

このエッセイによらず、皆様のご感想、ご意見等を歓迎いたしますので、医局のメールアドレスまでお願いいたします。

 

©奈良県立医科大学 糖尿病・内分泌内科学講座
当サイト内のコンテンツの無断転用を禁じます