エッセイ目次ページに戻る

われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか –心とホルモンの密接な関係— Part4

2021.07.21

われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか  –心とホルモンの密接な関係— Part4

 

レジリエンスを持とう
ストレスを耐えるためのレジリエンスを持つための要素として、Ahmedは自尊感情、安定した愛着、ユーモア、楽観主義、支持的な人の存在を挙げている。多くのPTSDは人との関わりの間で引き起こされる。自らの身体的心理的存在を否定された時、人は深い心の傷を追うことになる。そのような時も他人がなんと言おうが私はこのような存在なのだと開き直れる自尊心を持っている人は強い。そして愛する存在、自分がそのために生きているというものを持つ人も強い。さらにどのような状況に置いても楽観的でユーモアを持てる心の余裕も助けになる。そして自分を支えてくれる人の存在も大切である。あなたはつらいときに自分を支えることのできる芯となるものを持っているだろうか?

 

心的外傷後成長
一方このようなPTSDを引き起こすような強い心的外傷を受けても心の成長の糧にできる場合もある。そのような心の動きをTedeschi & Calhoun らはPTG (Posttraumatic Growth)、心的外傷後成長と名付けた。Positive change experienced as a result of the struggle with trauma、すなわちトラウマを引き起こすような可能性がある大変つらい出来事をきっかけとした人としての成長と定義されている。

艱難辛苦、汝を玉にすという言葉があるが、ポーランド出身のドイツ哲学者ニーチェも「あなたを殺さないものはあなたを強くする」と言っている。人が成長するにあたり試練を経ずに飛躍はあり得ないと言える。ビクトール・フランクルは自らの強制収容所体験に基づいて、人は生きている限り、どれだけ苦痛や苦悩があろうとも、最後の最後まで人生の意味を実現できる可能性を持っていることを示した。

このような心の成長とは具体的にはどのようなものだろうか?この心の成長をとらえる一つの観点は自我の強さである。心理学者の宅香菜子は著書「悲しみから人が成長する−PTG」の中で自我の強さとは、自我機能という心の働きがうまく機能している状態と述べている。それは以下のような機能である。「現実に起きていること、自分が感じたり考えていることの区別がしっかりできること」「過去と未来の流れの中で今をとらえられること」「自分の置かれている状況を理解し、現実の生活に根ざしている感覚があること」「自分自身の衝動をうまくコントロールできること」「ストレスにうまく対処できること」「社会の中で他の人たちと良い関係を築けること」「自分がこの世に何らかのよい影響を及ぼせる存在だと思えること」「自分に人間としての価値があると思えること」。どうすればこのように確信することができるようになるのだろうか?

これは実は大変難しい。なぜなら人間は他人は欺けても自分をだますことはできないからだ。自分に対して嘘を着き続けることはできない。重要なことは現実をありのままに受け入れる勇気を持つこと、弱い自分も含めて許すことができること、他人とともに自分自身を大切にできること、そして人のための思いやり、利他的な行動をし続けることではないかと思う。そして小さな成功体験を積み重ねていく達成感を経て自分に対する自信を身につけていくことであろう。

 

幸福とは
マハトマ・ガンジーは、幸福とは、考えること、言うこと、することが、調和している状態であると述べた。私たちは普段あまり意識していないが、確かに考えること、言うこと、することが一致、調和することは決して容易ではない。調和させるためには、自分に正直に生きること、自分の心のありようが常に人として正しい方向に向けること、一方で弱さやずるさを持った自分も含めて不完全な自分のありのままで受け入れることが必要である。

幸福学という学問がある。お金や権力があれば幸福な気がするが実はそうではない。例えば、政治家はお金と権力を持っているがとても幸福そうには見えない。収入と幸福感が正の相関をするのは、どの国でも年収で700万円くらいだそれ以上は増えても幸福感は増加しない。それは何を意味するかというと基本的な衣食住が整えば、それ以上増えても幸福には直結しないということである。幸福のメカニズムの著者の前野隆司は、「お金をたくさん得ること」「物をたくさん持つこと」「地位や名誉を得ること」による幸せは長続きしないという。

このような人間の欲望と幸福感の関係については「ヘドニックトレッドミル」という現象が報告されている。これは欲しいものを手に入れて一時的に幸福感を感じてもすぐに慣れてしまって時間とともに幸福感が元のレベルに戻ってしまうが、これを快楽順応という。実際宝くじの高額当選者の1年後は幸福感は消失し、むしろ人間関係の悪化などを招く場合が多い。また爆食いやショッピングなどで一時的に楽しくなっても、その幸福感はすぐに消えてしまう。逆に欲望をコントロールできないことから自己嫌悪を引き起こすこともありうる。

 

欲望、幸福とホルモン、神経伝達物質
ヘドニックというのは快楽的欲求のことで、食欲、性欲など快楽的なものは必ずしも幸福感には結びつかない。このような快楽的欲求が満たされた時には中脳側坐核のドパミンが分泌される。例えば、この報酬系ドパミンニューロンがある中脳側坐核に電極を挿入し、自分で電気刺激できるようにしたラットは食事も食べずに死ぬまで刺激を続けてしまう。むしろこの快楽的欲望は麻薬と同じ機序で、さらに欲望をより刺激する結果を生み、幸福感とは無縁になってしまう。幸福感と結びつくのは快楽を刺激するドパミンではなく、信頼感をもたらすオキシトシンや安心感をもたらすセロトニンの分泌だと考えられている。

ただし、報酬系のドパミンも生きていくには必須である。つまり個体の維持や種の維持に必須である食欲や性欲は動物に非常に強い行動を引き起こす報酬系によって調節されている。報酬系は獲得した時の幸福感よりもそれを欲する渇望感をより刺激することによって、何よりも食事や異性を求める行動に支配されるようになる。ただこれがあったからこそ人類は滅亡せずに来たとも言える。一方で、麻薬、タバコ、お酒、甘いもの、塩分なども報酬系を刺激する。そしてともすれば中毒性をひき起こすことになる。何れにせよこのような原始的欲望に身を任せていても幸福にはなれないということである。

前述の前田隆司は幸福になる4つの方法として
1、自己実現と成長、2、つながりと感謝、3、前向きと楽観、4、独立とマイペースを挙げている。また心理学者のソニア リュポミアスキーによると、興味深いことに幸福の50%は遺伝的に、10%は環境に、40%は行動によって規定されているという。50%が遺伝的にというのは驚きで、そのうち大規模なGWASによって幸福関連遺伝子が見つかるかもしれない。一方で環境によっては10%しか影響を受けないというのは、環境そのものよりもその受け止め方が重要だということを示唆している。そして40%は行動によって規定されていることが最も重要であり、幸福と関連した習慣を以下のように報告している。

  1. 家族や友人と過ごしその人間関係を大切にして楽しんでいる。
  2. 誰に対しても感謝を表すことが苦ではない。
  3. 同僚や通りすがりの人に真っ先に支援の手をさしのべることが多い。
  4. 未来について楽天的である。
  5. 人生の喜びを満喫し現在に生きようとしている。
  6. 毎週あるいは毎日のように身体を動かすことを習慣にしている。
  7. 生涯にわたる目標や夢に全力を傾けている。
  8. 困難に直面したときに対処する態度や強さ。

これらは非常に納得できるものである。私自身も日々心がけるようにしている。

 

Part5に続きます。

 

©奈良県立医科大学 糖尿病・内分泌内科学講座
当サイト内のコンテンツの無断転用を禁じます