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留学体験記:メンフィスより(1999年)

2020.12.23

下記の文章は私が留学した1999年に書いたものです。

三月になってメンフィスは一斉に若葉と多くの花で彩られようになりました。メンフィスに移ってからすでに5ヶ月が過ぎようとしています。3ヶ月の娘を連れて三人で空港に降り立ってから最初の1ヶ月は無我夢中でした。時差ボケと聞き取りにくい南部訛りに困りましたが、親切な人も多く、幸い大きなトラブルもなくセットアップすることができました。町の人々も子供を大変可愛がってくれるので子育てもしやすく、娘もすっかり大きくなって愛嬌をふりまいています。また家内も教会の英会話教室に行ったり、友人もたくさんできてのびのびとアメリカ生活を楽しんでいます。メンフィスという都市は大きな田舎町といたところでミシシッピ河に接するミッドタウンとそのまわりのベッドタウンからなっています。ここでは自動車は自転車がわりのようなもので大人は1人1台所有するのが普通です。私達は少し郊外のジャーマンタウンという町に住んでいます。メンフィスはところによっては治安の悪い場所もありますが、このあたりは自然も多く治安もよいので大変快適に過ごしています。ただテネシー州はまわりの州ともにトルネードの多いところで、時々警報がでますが今の所無事にしています。

 さてラボの方はサイトカインのシグナル伝達機構をテーマとしてきたJames,N Ihle教授(ジム:写真、いかにもタフそうな、、、)をボスとしてポスドク11人、大学院生2人、テクニシャン4人からなっています。メンバーの出身地はドイツ、イギリス、ギリシャ、カナダ、オーストリア、中国、台湾、韓国と様々で大変国際的です。日本人は私1人なので、最初はなかなか大変でしたが英語のトレーニングには最適な環境です。英語に疲れたときには同じフロアにいる日本人の友人と昼食をとったりしています。

 ラボのアクティビティは想像以上でほとんどラボに住んでいるような人もいます。あたりまえのことですが、大きな成果を得るためには日々の多くの努力しかも正しい努力が必要であるということを身を持って感じています。子供の笑顔を見たさにすっかりマイホームパパになった私も雰囲気につられて頑張っているといったところです。
 研究のテーマはジムの方針で基本的にそれぞれが独立したものを持っているので、競合することはなく全体としては和やかなムードで大変研究しやすい環境です。サイトカインとの関連で血液免疫関係のテーマが多いのですが、私自身はSTAT5,SOCS3ノックアウトマウスを用いて内分泌に関連した実験もしています。ジムはin vitroの実験よりも生理的に本質的かどうかを重要視するため、全員がノックアウトマウスの作成または解析を行っています。ノックアウトマウスは40種類以上を維持しているので、その管理のために専門のテクニシャンが働いています。かなりの規模の設備の整った動物施設がありますが、入りきらない分については近くのテネシー大学の動物施設も借りているような状況です。日本で雑用に追われているときには1日実験ができたらさぞかし進むだろうと思っていましたが、なかなかそうもいきません。それでも1日にすこしでも前進できればと思いながら、焦らず楽しみながらやろうと自分に言い聞かせながら頑張っています。

 アメリカに住んでみて、日本では意識しなかったようなことをいろいろと考えるようになりましたが、最も良かったのは自分の立場をいろいろな角度から客観的に見られるようになったことだと思います。自分のアィデンティティについてもじっくり考える時間が持てるのも大切なことです。また日常生活も含めて様々なトラブルシューティングが必要ですが、日々が問題解決するための訓練のようなもので大変得るものが多い濃密な時間を過ごしているような気がします。はじめの頃はアメリカという国におけるシステムの合理的な点など感心ばかりしていましたが、最近は悪い点も少しずつ感じるようになってきました。同時に日本の悪いところばかりではなく良いところも見えてきたような気がします。研修医時代、大学院時代も自分にとっては苦しくも楽しい内容の濃い時間でしたが、今は別の意味でまた有意義な体験をさせてもらっているので、この純粋に夢を追いかけられる時間を大切にして最善の努力をしてみたいと思っています。

©奈良県立医科大学 糖尿病・内分泌内科学講座
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